どうも、こんにちは。本日もこちらにお越しいただきまして誠にありがとうございます。
またまた適当な感じをブログにしちゃいました。最近、インフルエンザが流行っていますよね。そんなところで気になったことを書き留めました。
予防する大切さ
今年に入ってインフルエンザにかかってしまった親族がいますが、その介抱でとても苦労しましたので、そんな気持ちをこちらに書き留めたいと思います。やはりね、自分がこのインフルエンザに侵されるよりも、他人が病にかかってしまいそれを看病することの大変さをきづいた次第です。
まずまずの感想というか、これを客観的に思うこととしては命を奪う恐ろしい病気であると心の底から感じてしまいました。だからこそ、この病気にかからないことの予防は大切だと思いますし、看病することのパワーがこれほどまでに必要なのかと。。色々と学ぶことができました。
若い方がかかるよりも年配の方が侵されると、その度合いがこれほどまでに違っていて、弱っていく様をみているのは、とても心が折れそうになる、そんな印象です。大げさではなくて、こんなに大変は思いをするのであれば、心して予防という防御を徹底的に行うべきだろうと強く思うのです。
すべてが狂う
そもそもインフルエンザに限らす、看病することや看病される方にも、そしてその周りにいる家族に対しても、なんらかの病に侵されてれ入院やそれに似た闘病生活を過ごすことは、とてもパワーいることで、これまで普通に生活してきたリズムを壊してしまう、全てが狂ってしまう、そのような出来事だと思います。
しかしながら、こうしたことは、これからの将来に於いてどんどんと高齢化が進む中で当たり前のことになっていくのかと、不安におもいつつ、僕の中である種の怖さを受け止めなくてはいけない、つまり、今回自分が看病したことでこころの準備を問われている気がいたしました。特に今回感じたのは、自分自身に余裕が無くなって心が乏しくなるという感覚でした。
目の前で起こっている現実を認めたくないが、認めなくてはと思う気持ちと自分の中の苛立ちを把握しつつ、これまでの生活のリズムと本来あるべき姿を想像し葛藤しますと、どうしても心の中の余裕が無くなってしまい、感情が剥き出しになっていく自分を感じます。そうすると、自分に落胆し更に自分を責めたり或いは周りに気持ちをぶつけたりします。
つきあう
まぁ、こうしたことは自分にまだ準備ができていなかったのだろうと、反省をしつつ今後の自分の在り方に目を向けて行きたいと、今のところは考えています。これを教訓にして改めて取り組んでいこうと思うです。自分ばかり何らかの責任を背をってしまっては、それが看病なのか自分を攻めることなのか、その繰り返しになってしまうのであれば疲弊するだけ、考え方を切り替えて対処することがいいんじゃないかと考えを改めてみることにしました。
病いとうまくつきあっていくこと、これが肝要なのかと考えています。たぶん、今回はインフルエンザの看病でしたけど、仮にこれが介護をするお話になると、そえなりの準備と体制が必要だと思いまして、或いは完璧を目指さないところとか、ある程度心の余裕というか、ゆとりをもって取り組むべきことなのかもと思っているのです。
僕はそれほど医療には詳しくないですが、そういった部分もこれから知識として知っておく必要があるなと感じています、もうね、どんどんといろんな形で高齢化の波がきているんだと、今更になって感じています。ちょっと暗いイメージしかないけど、事実を受け止めつつ自分なりの方法を模索していきたいと考えています、笑。
本日はそんな感じです。ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。週末は寒そうですね。どうぞご自愛くだしさい。
ではでは。素敵な1日をお過ごしくださいね。