海外ドラマ「グットワイフ」 のシーズン1をみて思うこと

コーヒー

どうも、こんにちは。本日もこちらにお越しいただきまして誠にありがとうございます。
またまた適当な感じをブログにしちゃいました。僕は海外ドラマのグットワイフをみています。あ、だいぶリアルタイルとは遅れてみていますが。。シーズン1をみての感想です。

真実には力がある

もしかしたら、ドラマの内容にはそれほど触れないかもしれないけど、海外ドラマ グットワイフのシーズン1を見終わって気になる場面があって、それもいい意味ですけどね、そんなところから感じた事を簡単に書き留めたいと思います。


シーズン1のどこかの回で、とあるメンバーが「真実には力がある」とセリフを言っていましてね、これはそうだなとちょっとした共感をしてしまったんです。別に何気ない、セリフだったかもしれませんけどね、的を得た表現だなぁと、僕の心に刺さりました。笑。

これがきっかけで「真実」について、少し考えましてね、端的に考えた事をまとめると、真実っていつも人を幸せにするものではないなぁと、そんなところなんです。だからって、真実を隠すことは必要ないけれども、時として真実を突きかざす場面とそうでない場面が生きる上であるだろうという、なんとも僕の無責任な結論なんです。

真実は必要か

真実は必要だと思います。ただ、嘘も方便という表現がある通り、時として、使い分ける必要もあるのだろうと考えたわけなんです。ドラマで言うと、法律に真実は必要だけども依頼人の利益を優先するならば、無用の時もあるかと思います。まぁ、現実はどうなのかはわかりませんけどね。

現実にはどうかと考えますと、バランスが大切なのかもしれないと、今のところ考えているんです。例えばですけどね、だれかと喧嘩した時なんて、思ったことをそのまま言うと、それが真実だったとしてもそれが原因で喧嘩の出口が見えなくなってしまうかもと思います。わかっていても譲る時だって必要かと思うんです。

あるいは、人間が存在する真実みたいなものがあって、それを知ったところで人間が理解できないものであるならば、それは必要というよりも付属の知識かもしれませんし、なんというか、真実を知ったところでどうにもならない時もある、もしかしたら、そんなことが多いのかもと想像するんです。あ、これは個人的に想像していることですからね。

ドラマと思うべきか

法律を扱うドラマは、たぶん依頼人?の利益によって法律の解釈がうまいように扱われますから、ドラマとしてみるのはそれなりに楽しいと思います。惹かれるところも沢山あるし。だた、それをドラマとして見るだけでいいのかぁ、そんなことも考えます。

真実は人を傷つけたり、救ったりすると思いますので、適材適所でそれを使っていく必要があると思うんです。なんでもかんでも使い方次第かなぁって。そんな適当なことを、あのドラマを見ましてね、考えたところなんです。

そう言った意味で、法律的なドラマは人の微妙な関わり方を参考にできる部分もあるのかなぁって想像しています。嘘も方便という意味でです。ものの伝え方や、表現の仕方が参考になるかも?そんな感じです。なんとなく考えすぎかもですね。笑。

本日はそんな感じです。ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。夜はまだ寒い日が続きますね。どうぞご自愛ください。

ではでは。本日もみなさまにとって素敵な1日でありますように。

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